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『データジャーナリズム』はジャーナリストを殺さない

2013/06/24 ysdyt 0 Comments

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6月12日に慶應 日吉キャンパスで行われた「データジャーナリズムの衝撃!」というセミナーとワークショップに参加してきました。

きっかけは島根ですごくお世話になった新聞記者の方から, 「こんなイベントあるよ!」と連絡を頂いたこと。前からデータジャーナリズムに興味があったのと, 最近特にむくむく関心が湧いてきていたオープンデータともきっと関係があるのだろうと思い, 速攻で参加申し込みを出した。

とは言いつつ, データジャーナリズムに関してほとんど知識がなかったので事前に軽くググってみると, どうやらデータジャーナリズムとは「既存のメディアにトドメを刺す, ビッグデータを用いた新たなジャーナリズムの形」みたいな話らしい。「またビッグデータ(笑)か」と思いつつ, 心のハードルを下げつつ参加してみると

テ ン シ ョ ン 上 が り ま く っ た

「統計データを使って一番わかりやすく, 有益な事をまとめた奴が優勝 ←」みたいなことを想像していた自分が恥ずかしい…

というより, これまでマスメディア, 特に新聞に対して感じていた
「インターネットによって新聞記者の存在感は低下する」
というようなことが ”正しくない” ということに気付かされたことが最も大きな収穫であった。

データジャーナリズムのような, これから先もたくさん出てくるであろうナウでヤングな手法は既存メディアの価値を一方的に陥れるものではない. むしろ, 新しい手法が入り込むことで既存ジャーナリストのスキルが再認知され, 価値と需要が高まると感じた。キーワードは『何がニュースか?』。

今回はその辺の感じたことを ”ジャーナリスト素人” なりに書き残しておきたいと思う。

 

web時代のジャーナリズムの形 「データジャーナリズム」

でーたじゃーなりずむ、ってそもそもなんなの?という人は, 日本ジャーナリスト教育センター運営委員の赤倉さんの記事を参考にしてもらいたい。

データジャーナリズム――世界に広がる「データからニュースを発見する」挑戦

自分の理解では,

データジャーナリズムとは, ネット上に一般公開されているありとあらゆる膨大な統計データなど(俗に言うビッグデータ)を集めて, 解釈して, ミックスしたり要素を取り出したりして, 最終的に図などでわかりやすく可視化する手法。データ処理に使うためのソフトウェアは無償で利用できるものが多い(google Fusion Tableやgoogle spredsheet, google Public Data Explore, google Trends, google chart や統計言語R などなど)。 なので, その気になれば誰もが発信の場としてインターネットを利用し, “データジャーナリスト”になれる。 

印象としては「科学研究みたい」とおもった。データジャーナリズム手法として得られた結果にはデータの再現性(参照元や解析方法を示して, その結果が妥当であり他の人でも同じ処理をすれば同じ結果が出せることを示す)を問われる。「ネタ元を明かす」ということは2chでも「ソースはよ」というぐらい当然のことながら実際のメディアではできていなことが多いらしい。ふむ。

 

「じゃあ, データジャーナリストって, ビッグデータアナリストやデータサイエンティストと同じじゃん!」というとそういうわけでも無さそう。
データ解析者とデータジャーナリストが決定的に異なる点は,

「それはニュースか?」

ということを至上命題としていること。

実際に, データジャーナリズムのワークショップをしてみればわかる。
web上には想像よりも圧倒的に統計データが溢れていて, どんなテーマをチョイスしてもいろんなデータを引っ張ってくてこねくり回せば, なんとなくストーリーはできそうなのである。
しかしデータジャーナリズムの成果物として大切なのは「それが見る人にとって”ニュース”になっているか」ということ。 結果を示し, 「へェ, そうなんだ〜」という雑学的感想にとどまらせず, 分析した情報や結果を示すことで読者に問題意識を感じさせ, 示された結果に対して当事者意識をもたせるという”メディア”としての機能を満たさないといけない。「へぇ〜」で終われば ”データ整理” であり, ”データジャーナリズム” はそれ以上の意味を持つデータである。

これは明らかに難しい。
ぱっと聞いただけで, データジャーナリズムに必要とされるスキルは多岐に及ぶ。IT, 統計学, 膨大なデータを処理するためのある程度のプログラミングや統計言語であるR言語, まとめた結果を視覚的にわかりやすく示すためのデザイン力, 地味ではあるがすごく重要, かつ意外に難しいのが, 目的の統計データを的確に検索するための「ググる力」。そして何より得られたデータの信憑性を裏付けるためにも現地でインタビューをする必要があれば, 既存の”ジャーナリズム活動”が必要になる。

これらの多様なスキルは, 異なるバックグラウンドを持った人たちが混成チームを作ることで解決するらしい。エンジニア, アナリスト, 新聞記者, 行政関係者, デザイナーなどが集まった「チーム データジャーナリスト」。なんだかテンションが上がる組み合わせ!

 

なんだかわかりにくい説明になってしまったので, 本当はデータジャーナリズム手法によって作られた成果物の図でも示したかったのだけれど, 話を聞くのに熱中してセミナー中に示されていた海外の事例などをウッカリとメモし忘れた…

なので, なんとなく覚えていたものや, 後で聞いたデータジャーナリズムに関係しそうなリンクを張っておきます。

「データジャーナリズム」が日本のオールドメディアを殺す
みんな大好きイケダハヤトブログ 。いろいろなデータジャーナリズムの事例が取り上げられているので, 興味ある人はオススメです。ちなみにこのエントリータイトルの元ネタ。

リンク先の記事では

・日本のオールドメディアは伝統的にエンジニアの地位が低い。組織改編をする必要があるため、迅速な対応はできないだろう。
・そのタイムラグを突いて、新興のメディアが台頭する予感。

→ オールドメディアの危機!

という話であるが,
自分もこの話に賛成なのだけど, 違う点は「オールドメディアは殺されるかもしれないが, ジャーナリストは死なない」という点。むしろ, データジャーナリズムの台頭で, ジャーナリストはこれまでの固定された業界よりも更に活動範囲が広まるのだと思う。亡くなるのは古い体質のメディア会社そのものであって, 記者自身ではない。

– データえっせい
教育社会学,社会病理学,社会統計学専攻で, 大学で教鞭を取られている方のブログ
これを”データジャーナリズム”というかどうかは自分にはよくわからないが, いろいろな統計データを組み合わせた結果は非常に興味深い。幼子がいる男性の家事・育児時間の都道府県比較 (イクメン県比較)とか面白い。なんと島根が一位とは。

 

アメリカのデータジャーナリズム成果物の事例として出されていたのは, 視覚的に綺麗, 美しい図が多用されていた。イメージとしてはこんな感じ。

visual.ly
こういうデザインを「インフォグラフィック」というそうだが, 確かに見ていて楽しい, 興味を惹かれる。デザイナーはジャーナリズム活動でも引っ張りだこ。

 

メディア記者のスキル

なんだか今風でかっちょいい「データジャーナリズム」。ならばデータジャーナリズムは既存のメディア記者の価値を低下させるのか? また新聞社と同等, もしくはそれ以上にデータが集まるところ(シンクタンク系企業や大学などの研究機関など)がデータジャーナリズム手法で報道を行うなら, 旧来のメディアの存在感は低下するか?

講師の赤倉さんのセミナー, そして実際にワークショップを行なってみて「そうではない」という考えに変わっていった。

企業や大学は高度なアカデミックスキルを駆使して”有用そうな”データを見つけることはできるが, それにストーリーを付け, マスに訴える方法論としては既存のメディア記者に一日の長がある。記者は「何がニュースなのか」を精査する能力に優れている。なので, これから先の時代では, 「データはたくさん集まったけどどれがマスにとって必要なのか, ウケるネタなのかわからない」ということが起こって, そこにジャーナリストとしての記者の需要が高まるのではないかと話だった。

 

なるほどなー、と思って聞いていた時に思い出したのが, 昔, 新聞記者の方が話されていたお話。
その方が言われた言葉がすごく印象的で未だに覚えているのが

「新聞記者は, 常に『人間力』を問われている」 

人間は「素晴らしい」「すごい」「感動した!」と思う対象は人それぞれ。なので, 多くの人が素晴らしいと思う活動であっても, それを世間に広めるために取材する記者が「素晴らしい」と思えなければ, その活動の本当の価値は世に伝わらない。記者として文章を書くスキル, インタビューして聞き出すスキル(質問力)も大切だけど, 記者自身の「人間力」が高くないと素晴らしいものを素晴らしいと感じ, 伝えることができない, というお話だった。

文章を書くスキル, インタビュースキルが高くないと記者になれませんか?という馬鹿な質問をした自分には目からウロコだった。

データジャーナリズムのように, その手法が現代チックになったとしても問われるものは同じだと思う。

赤倉さんは被災地でのデータジャーナリズム活動として,
「曖昧に語られがちな風評被害について, 生産物を『福島県産』と一緒に議論するのではなく, 米や魚など個別の生産物に分けてデータ検証した時にでも, 風評被害は生じているかどうか」を調べることで, 風評被害の実態を掴もうとされている。

記者自身がその情報を重要だと認識し, 多くの人が求めるはずである”ニュース”であると理解するのは, ワークショップを通して, 実は驚くほど難しいことがわかった。本当かと思うなら実際にやってみてほしい。ウェブで手に入れられるデータと, そこから説明できうる結果が本当に多くの人にとって”ニュース”に成り得るかどうかを。

インターネットの台頭でマスメディアに所属する人たちには「若者の活字離れだ!」「フリーミアムだ!」「電子書籍だ!」「若者の新聞離れだ!」と暗いニュースが多かったと思うのだが, 個人的にはデータジャーナリズムは記者の方の活躍領域を広げて, ジャーナリストの価値を世に再認識させるように働くのではないかという明るい印象を持った。
2012年からCNNやBBC, ル・モンドなど世界各地の報道機関に所属する上級編集者らで構成される世界的な編集者ネットワーク「Global Editors Network(GEN)」が主催, Googleがスポンサーするデータジャーナリズムアワードが開催され, データジャーナリズムはこれからますます大きな流れになりそうだ(参考: 赤倉さんブログ)。記者やエンジニア, デザイナーが混在する新しい”ジャーナリスト”達の活躍が楽しみ!

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